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最前線
選挙戦も残すところあと1日。寒い日の多い毎日でしたが、おかげさまで風邪もひかず、鍛え上げてきた喉の調子も良好です。
 
選挙期間中は毎日のように友人たちが事務所に駆けつけてくれて、疲れた体に癒しを与えてくれています。僕の人生の最も豊かな部分のひとつは素晴らしい仲間に恵まれていることなので、とてもありがたいです。あらためて、みんなありがとう。
 
選挙カーで走ることは、有権者に政策を訴えるのが主たる目的ですが、それと同時に、普段の暮らしではなかなか住宅街を隈なく走ることなどないので、様々な地域の細部を目にすることができることは地域活動の大きな糧になります。街を見て、人を見て、様々なことを感じ、考えながら12時間の選挙カー活動を行っています。政治家としてこの糧を活かすためにも、明日1日精一杯訴えてこようと思います。選挙戦の最終盤にはついついお願いモードと名前の連呼になりがちですが、最後まで政策をしっかりと訴え、やかましいだけの活動にならないように気をつけたいと思います。
 
とてもたくさんの人たちに支えていただいて進んできた4年間の活動の総仕上げ、明日も元気に、朗らかに、真剣に、様々なことを感じながら、南区の辻々を走ります。少なからずお騒がせしてしまうこと、どうぞご容赦ください。
 
| - | 22:53 | - | - | pookmark |
口内楽器
マイクが友達だというお話をしましたが、マイクを上手に扱うコンビプレーヤーは喉と舌です。
選挙カーの助手席から見えているもの全てを脳に送り、目の前の状況とマイクスタッフの言葉の切れ目を捉え、その対象となる人、事、場所などによってフレーズを繰り出すタイプの僕は、喉と舌の次に脳が疲れているような気がします。ただ選挙カーに乗って喋ってるだけなのに、脳がフル回転すると特有の腹の減り方があることにも気づき始めました。そして何より、興奮が醒めずなかなか寝られないというのも特徴です。とはいえ、時々飛び込んでくる都会離れした景観を、しみじみと眺め、感じるだけの瞬間を楽しんでいることは、自然に囲まれた選挙区の候補の特権としてお許しください。
選挙戦4日目は、朝のスタートより猪熊輝夫市議会議員が選挙カーに乗車してくださったので、朝一のマイクから気持ちを張って話すことができました。参観日で張り切る小学生の心が蘇りました。そして、そんな小学生気分のまま琴似中央小学校へ赴き、入学式でPTA会長として祝辞を述べさせていただきました。新一年生のみんなには、何か一つだけ得意なものを見つけて、たくさん笑って小学校生活を送って欲しい旨を話し、澄川に戻ると友人たちが訪問してくれて、事務所で少しだけホッとした時間を分けてもらいました。

暗くなるにつれ気温も下がり寒い街宣が続いていますが、街の風景や人々を眺め感じることが多く、話したいことは日々増えていきます。選挙戦も中盤戦、さらに南区を五感で感じながら、言葉を操る喉と舌に磨きをかけてまいります。

| - | 00:39 | - | - | pookmark |
マイクが友達
今日は遊説行動唯一の日曜日でした。

より多くの有権者に訴えを聞いていただくには絶好の曜日なので、候補者は各地で声をあげていたことと思います。もちろん僕も喉の調子を気遣いながら、南区の様々な場所で演説をしてきました。

特別な日曜日に嬉しいことに、今日は午前中に佐藤のりゆき知事候補と一緒に街角で演説をご一緒させていただき、午後からは小川勝也参議院議員が応援弁士として本隊車に乗車して熱烈に弁舌を振るってくださいました。さらに夕方から、横路孝弘衆議院議員が乗車してくださり、車中で、街角で、応援演説を行ってくださいました。新人の市議候補の応援にしては豪華すぎる布陣で恐縮してしまいそうでしたが、小川参議、横路衆議お二人の前回の選挙で僕はスタッフとして当選をお支えした立場なので、大きなご褒美としてありがたく応援していただきました。

諸先輩たちを前に自分の政策を演説するのは少しだけ照れ臭い気持ちもありましたが、ひとたびマイクを握れば僕も候補者ですので、腹から声を出し、気合を入れて訴えさせていただくことができました。4年間、街角に立って演説を修行した成果は確実に現れていると思います。

そして時々、街頭で演説するのを苦手だという候補や政治家の先輩の声を聞くことがありますが、僕にとって演説は唯一の武器なので、その相棒であるマイクは戦友です。残りの日程、マイクのとの友情を確かめ合いながら全力で活動してまいります!

※なお、写真は土曜日に畠山みのり道議候補と一緒に行った街宣のものです。。
 
| - | 23:00 | - | - | pookmark |
燃えているか?と言われれば。

 
あと数時間で、札幌市議会議員選挙がはじまります。
4年前、初めての選挙に落選し、次への一歩を踏み出し、
多くの笑顔に支えられ、今日を迎えることができました。
本当にありがとうございます。
26日に知事選がはじまり、29日に市長選挙が始まった頃から、
やる気や、緊張や、怖さや、自信や、楽観や、感謝が、
ぐるぐると頭を駆け巡る数日を過ごしました。
けれど、4年間地道に活動を続けてこられたことが、
大きな糧になっているので、慌てる気持ちはありません。
選挙は戦いなので、メラメラとした闘志の炎が必要ですが、
僕の内にあるのは、手をかざせばちょっと温まる程度の優しい炎です。
けれど、暗闇を照らすこともできるので、
少しでも明るい未来へ、前進していきたいと思います。
 
尊敬する先輩がおっしゃった、シンプルな内容の一言。
「人を幸せにするために政治はある」
とても大切なことなのに、すっかり忘れられてしまっていないだろうか。
自分以外の誰かのために、大好きな笑顔を思い浮かべて、
政治について、考えてみてください。
選挙戦は、そのためのエッセンスでもあります。
みなさんが政治に対して、少しでも良いアイディアを生めるよう。
12日の投票日まで、心を込めてたくさんの言葉で訴えてまいります。
どうか、様々なご意見をお聞かせいただければ幸いです。
頑張ってきます。
| - | 01:22 | - | - | pookmark |
進歩するということ。
おはようございます。
今朝は予定していた街宣が吹雪で中止になってしまいました。札幌の春は目の前で足踏み状態です。

震災から2回目の3月11日がやってきました。失われてしまった多くの尊い命に心から祈りを捧げ、ご遺族の方や、今でも行方が分らない方の帰りを待つみなさんへお見舞い申し上げたいと思います。そして、2年たってもなお普段の暮らしを取り戻すことのできない人たちに、僕たちはまだまだできることがあるはずではないか?と自問しているところです。

週末のTVは「あの日を忘れない」的なプログラムが多く放送されていました。津波の映像を見ると、直接被害に遭っていない僕でも不安な気持ちが蘇り、あの日と同じように何も手につかないような、虚脱感に襲われました。

けれど一方で、ものすごい気合いで立ち上がり、前に進もうとしている人たちの姿を見ると、かえってこちらの方が元気づけられるようでもありました。

そんな中、やはり復興の妨げとして立ちはだかるのは原発でしょう。この2年間、福島の原発事故とその被害は収束するどころか、日々新しい不安が広がっています。にも関わらず電力会社はいまだに再稼働の意欲満々です。しかし、僕たち人間は生まれながらに進歩することを織り込まれた生き物です。復興に向けいばらの道を進む人々の姿に学び、勇気を持って原発を諦めるべきではないでしょうか?「未来の夢のエネルギー」は今や「過去の悪夢のエネルギー」になったことを自覚しなければなりません。

北海道では冬の節電期間も終了し、原発無しで厳しい季節を終えようとしいています。しかしいつまでも不安を抱えて暮らすわけにもいかないでしょう。原発を動かさないことと不安の無い電力需給を背反するものでなくするためには、僕たちがあの事故以前の暮らし方をあらため、そもそも節電という言葉がいらなくなるような、ムダの無い電気の使い方へと進歩して行くことが不可欠だと思います

今日は鎮魂の思いを胸に、亡くなった方々に恥ずかしくないような未来をつくるための一日にしたいと思います。

もう少し吹雪が続きそうです。車の運転に気をつけて、良い一週間になりますように!
| - | 09:18 | - | - | pookmark |
昨年の今日
2011年3月10日、あなたは何を考え、どんな風に過ごしていただろう?
おそらく、3月9日と変わらない普通の木曜日を過ごしていたと思います。
僕と言えば、初めての選挙まで残り1ヶ月、必死に走り回っていました。
それでもやはり穏やかな日常の中にいたと言えるでしょう。
次の日が、凄まじく特別な日になるなんて思ってもいなかったし、
きっと、今日の札幌のように春の訪れを感じさせる日だったはずです。

この一年、本当に色んなことがありました。
大きな被災を免れた僕の周りですら、こんなに色々あったのだから、
東北をはじめとする、被災された多くの方々が過ごしたこの一年は、
想像すら及ばない困難の連続だったろうし、これからもそれは続きます。
そのことを考えると、どうにもならない切なさが込み上げてきます。

様々なメディアで連日くり返される「あの日を忘れない」という思いの特集。
正直に言うと、もう見ていたくないです。
太平洋戦争の映像を見て、平和の大切さを感じるのとは違って、
解決出来ていないことが多すぎて、むしろ後退すらしている現実を感じ、
無力な個として情けない気持ちになってしまうから。
もちろん多くの方が、被災地復興のために全力で頑張っていますし、
一歩一歩前に進んでいらっしゃる姿を見るのは勇気づけられます。
けど、自然の前にひたすら無力でありながら、
共に協力し、立ち向うべきな人間社会の歪んだ構造を、
まざまざと見せつけている大震災。
あの日を忘れないのは確かに大切かもしれないけど、
あの日から一年間、この国は前に進んでいるだろうか?
僕は、本当に出来る限りのことをしているだろうか?
マスコミやネットに取り上げられた時だけの問題意識じゃないだろうか?

そんな自問をせざるを得ない、震災からの日付的区切りの日、
先ほど、地下鉄琴似駅前で街宣をさせて頂きましたが、
胸が苦しすぎて、うまく考えを述べることが出来ませんでした。
残念ながら、僕はまだまだやるべきことが出来ていないようです。

僕は明日、我が子の卒園式に参加する予定です。
新しい世界に飛び出していく元気なこどもたちの姿を見て、
自分に至らない様々を再確認し、少しでも前に進めるよう、
気持ちを新たにしたいと思います。

とにかく今日と明日は、心静かに、
亡くなられた15,000を超える尊い命、ひとつひとつに祈りを捧げ、
行方不明者の方の安否を気遣い、遺族の方々にお悔やみの心を送り、
困難な生活を余儀なくされてる皆さんにお見舞いを申し上げたいと思います。

がんばろう日本。
| - | 16:44 | - | - | pookmark |
パソコンを捨てよ、公共に出よう
少し前の話になりますが、
北海道大学のグローバリゼーション研究会のシンポジウム
「橋下・大阪維新の会を考えるーグローバル化・都市戦略・ハシズム」
に参加しました。
平松邦夫・前大阪市長と池田浩士・京大名誉教授を迎え、
山口二郎・北大教授と中島岳志・北大准教授とのディスカッションまで、
2時間半に渡って、政令市のことと橋下新市長のこと、
平松氏の敗戦分析なども含め、真冬にホットなシンポジウムでした。
通路にパイプ椅子を増設するほど、溢れんばかりの来場者で、
橋下徹市長への関心の高さがうかがえました。

会場を見渡すと、60代の方が圧倒的に多いように感じました。
この1年、可能な限り興味のあるシンポジウムや集会に参加していますが、
そのほとんどで来場者の年齢層は50〜60代の方が多いようです。
平日昼間の開催ならそれも不思議ではないのですが、
夜の開催や土日の開催でも、30〜40代の方を多くは見かけません。

まだまだ若く、少し経験もある30〜40歳の僕らの世代が、
社会に積極的に関わらないといけないと考える僕にとっては、
社会の問題を知り、学ぶ機会である各種集会に、その世代が少ないことは、
少し寂しい気がしますし、大きな問題でもあるように思います。

新聞やTVを見ることを完全否定はしませんし、
もちろん僕にとっても新聞とTVはニュースソースです。
でも、いわゆる大手マスコミの言説だけに感化されないように、
できるだけ多くの意見を見聞きする努力をしています。
それがたとえ自分の考えを否定する内容であっても、
もしかすると、むしろそういうものほど、
目と耳と心をしっかりかたむけるべきではないでしょうか。

自分の意見に添ったコメントを見聞きすることは心地よいものです。
まるで自分が褒められているような、あたかも同士を得たような気分。
政治への不満、社会悪の排除、社会問題の追及、
個人の声が届きにくい大きな現場に、自分の声が届いている感じ。
ニュースショーで顔をつくって話すキャスターが、
自分の考えてる事を代弁してくれて、放映時間中頷きっぱなし。
ときどき新しい問題提起までしてくれて。

でも、その自分の考えはどこで出来上がったんだろう?

昨日そば屋で見た週刊誌にも何か書いてあったし、
新聞でも社説含めて、でかく取りあげられてた。
ネットニュースでも大体自分と同じ意見のようだ。
時々過激な意見の人がつぶやいてたり、書きまくってるけど、
どうせネットの中の少数意見に過ぎないに違いない。
家族や友達とはそんなこと話さないけど、
きっと自分と同じ意見に決まってる。家族と友人だもの。
で、よく見てみたら、週刊誌も新聞もTVもネットニュースまで、
同系列の会社から発信されてたりして、
よく考えたら、実家でも同じ新聞とチャンネル見てたなぁ。
と言うような事は無いでしょうか?

でも、たくさんの新聞を読んだり、ニュースを録画して見たり、
ネットを隈無く検索するのは、専門家か暇人か好事家のすることだし、
そういう意味で、シンポジウムなどの公共集会はとても有意義です。
識者が語る内容、会場の雰囲気、チラシのデザイン、
様々なところから社会の情報に触れる事ができます。
リビングで誰かに編集された記事に触れるのとは明らかに違います。
野球観戦やコンサートなどと同じく、ライブ感があるのです。
参加する時間は、話を聞きつつ、ゆっくりと自分の考えも巡らすのです。

僕は橋下氏のような豪腕は振るえないなとか、
意外に橋下氏の知事時代の功績は知らないなとか、
大体こういうシンポはマイクの調子が悪いなとか、
けど橋下氏って3個上なんだ、すげーなとか。

そして最近、寺山修司の「書を捨てよ、町へ出よう」を久しぶりに読んで、
内容はともかく、タイトルの響きに改めて惹かれており、
町に出ていろいろ学びたいと思っているところです。

同世代のみなさん、ぜひ町へ出て、社会をライブで楽しみましょう。
| - | 17:56 | - | - | pookmark |
あぁ、厚かましや。
前回のブログで、僕が以前、仲間たちとBARを経営してた事を書きました。
その頃の話をもうひとつ。

20代からの遊び友達だった僕たちは、
性格的にか、時代的にか、皆、独立志向が強く、
起業するものや、士業の資格を持ち独立するものがほとんどでした。
そして30代の前半、互いに認め合う仲間同士で何か仕事がしたいと思い、
集まって飲んだりするたびに、様々な企画を練っていました。
メンバーに料理人がいたことや、共通の趣味が音楽だったこともあり、
いつしか、音楽にこだわりを持った飲食店の企画で盛り上がりました。

しかし、資金が潤沢にある訳も無く、企画のほとんどは絵に書いた餅同然で、
そのころの狙いは「金は出すけど口は出さない投資家を見つける」でした。
当然、世の中そんなに甘い話があるはずも無く、
僕たちは、身の丈通りの小さな店を運営することになりました。

ところで最近、東京電力は国の財布から一兆円ばかり借りて、
混迷の今を乗り越えようとしています。
福島第一原発事故の様々な補償に充てられるであろうお金ですから、
税金が投入されるのも、やむを得ないでしょう。
しかし、一兆円もの税金が投入される以上、国(私たち)には、
東電の経営に口を出す(権利ではなく)必要があります。
なのに、東電は「金は出しても口出すな」の構えで、
あくまでも経営権は自分たちが有すると主張しています。

自己主張が大事で、退くことは損で、謝った方が悪、みたいな、
アメリカンな感覚が覆い尽くす昨今の日本では、
東電の出方や言い分は普通なのかもしれませんが、
それでもやはり、いくら何でもおかしくないでしょうか?

経営陣が裁判にかけられることも無く、
料金値上げや税金投入の前に自分たちの財産を手放すことも無く、
税金投入後も経営権(旨味)は自分たちが握るつもりでいたり・・・。

あの頃の僕らに足りなかったのは「厚かましさ」だったと、
最近よく思い知らされていますし、足りなくて良かったと安心しています。

| - | 17:19 | - | - | pookmark |
エネルギーの奴隷
僕は以前、仲間たちとBARを経営していたことがある。
開店準備の頃、メニューの価格設定をしている時、
比較的安く設定するか、高くしておくか意見が分かれた。
そんな時、みんなでこんな話をしたことをおぼえている。

「価格を簡単に値上げするのは、お客さんに悪いし、みっともない」
「だからしっかり話し合って、目論んで決めよう」

趣味の域をつま先だけはみ出したような店だったが、
それでも心意気は立派な店にしたいと望んでいた。
経営に参加したメンバーの献身と多くの方々に支えられて、
おかげさまで一度も値上げをすることなく期間満了で閉店に至った。

組織としては、単細胞とクジラほどの違いはあるが、
東電には少し僕らを見習って欲しい。
仕方ないケースもあるが、値上げは基本的に企業の恥だと思う。

「電気料金が上がったのでビールは10円値上がりしました」
なんてことを言う居酒屋は聞いたことがない。
きっと店主はいろいろ工夫して、電気料金の値上げ分を捻出する。
もしくはただ単に利益が減るだけだ。

東電の保有する資産がいかほどかは詳しく知らないが、
おそらく使ってもいない不動産なんかがけっこうありそうだ。
そういった類を売却したりした話は未だ聞こえてこない。
なのに「8,000億円足りなくなるので、みんな払ってね」
的な値上げ断行には、すごく疑問を感じる。

そもそも値上げの前に原発関連の予算だってたっぷりあるだろうに、
それをあてがうどころか、原発の寿命の延長と来ました。
いくらエグいジョークが平気な僕でもゲンナリな展開です。

電気料金値上げ→家計を直撃→嫌なら原発稼働→嫌なら値上げ→…。

気付いたら3.11以前の発電環境に逆戻りなんて絶対にイヤだ。
新聞の一面に「電気料金の値上げ」と「原発廃炉20年延長、60年へ」
の見出しが並ぶことに怖さを感じた今日でした。

| - | 21:44 | - | - | pookmark |
労働者の奮起を乞う。
おはようございます。
最高気温が-5度の札幌、さすがにキリッと冷え込んでいます。

僕は、年明け早々連日の雪かきで久しぶりに腰を痛めてしまい、
真っ直ぐ立つのも辛いここ数日を過ごしておりますが、
みなさまにおかれましては、そろそろ正月ボケも治まった頃でしょうか?

そんな中、昨夜は連合札幌の旗びらきに参加させて頂きました。

腰痛が凄まじいので、各テーブルにご挨拶で回らせていただきつつ、
椅子に座って会場の雰囲気を感じ、労働組合について思いを馳せていました。

大阪では、労働組合という組織に関して議論が沸いているようですが、
特に非正規雇用の方が増えるにつれ、労働者同士の結びつきが薄れ、
立場や環境が劣悪になることが懸念される今こそ、
組合の果たすべき役割は大きくなると思います。

僕個人としては、これからの時代、労働者が共助し合い、
経営者に全てを依存することなく、
それぞれの立場でリーダーシップを発揮しなくてはならないと思いますし、
そういう機運高め、情報を共有する意味でも労働組合は必要です。

そして、そういった組織に支援をしていただいている議員も、
集票機能としてだけで組合と向き合うのではなく、
労働組合の社会的な役割を、もっと掘り下げて考えるべきです。

いまやアメリカ全土で広がっているOWSの運動は、
まさに労働者が蜂起した革命運動です。
たった1%の富裕層が牛耳るマネー資本主義に対して、
弱い立場の99%が立ち上がり行動しているのです。

そして、その声は2大政党や労働組合にも向けられるでしょう。
既存の政党や組合に任せておいても、格差は広がるばかり。
そんな思いが、彼らを立ち上がらせているのだと思います。
個人が自らの意志でデモに参加し、思いを吐き出す。
非常にシンプルですが、最も民主的な行動だと思います。

では、日本においてはどうでしょう?
デモといえば労働組合が主体となるものや、
非常に左翼的なニオイの強い(一般の方からは遠い)ものがほとんど。
それぞれを批判するつもりはありません。
むしろ僕は、そのどれにも参加していますが、
そういった一部の人のちょっとした行動では、
残念ながら大きなうねりは起きていません。

原発反対ですら、まだまだ一部の人の運動に過ぎません。
命の問題がテーマであっても、です。
「米騒動」や「ええじゃないか」くらいの民衆運動は不可能でしょうか?

今の僕には、そういった運動を先導(扇動)する力はありませんが、
それでもやはり、あくまでも普通に暮らす住民の立場で、
様々な問題に関心を抱き、知ることに積極的になり、
出来るかぎり伝え、訴えることを続けていこうと思います。

そんなことを考える旗びらきの時間でした。

追伸:ホテルポールスターの会場は、「未知との遭遇」みたいでした。

| - | 11:04 | - | - | pookmark |
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